サファイア基板上にイオン注入法により作製したN型β-Ga2O3エピタキシャル膜の研究
洪瑞華 教授
蔡欣穎 Aproova Sood 博士生
国立陽明交通大学電子工学研究所
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現在、半導体産業は、主にSiを使用して各種部品を製造していますが、プロセス技術の進歩や部品構造の改善により、関連するSi製部品の特性は、材料特性の限界に達しています。しかし、技術の発展に伴い、5G、6G通信需要、グリーンエネルギー産業の要求、電気自動車の開発など、使用される部品はいずれも高速化または高出力化が求められています。 これらの特性はSi製部品では達成できないため、部品の高速特性や高出力特性を満足させるためには、他の半導体材料を使用する必要があります。
近年、電気自動車や再生可能エネルギーの急速な発展に伴い、パワーデバイスに対する市場の需要や要求性能は増加の一途をたどっています。Siのバンドギャップ(Eg)はわずか1.12eVであり、高電圧に耐えることができません。現在、第3世代のワイドギャップ半導体である炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)が高電圧・高出力のパワーデバイスの製造に徐々に使用されるようになっています。 これらの材料で作られたパワーデバイスの電圧とパワーは大幅に向上し、電気自動車や再生可能エネルギーアプリケーションの変換効率を向上させることができます。
一般にバリガ性能指数(Baliga's Figure-Of-Merits, BFOM)は半導体材料の特性を評価するためにパワーデバイスでよく用いられます。材料のEgが大きくなると、絶縁破壊電界(Ec)も増加し、εμEc3で表されるBFOMが大幅に増加します。BFOMが大きいほど、パワーデバイスにおける材料のポテンシャルが高いことを示します。図1に示すように、SiCおよびGaNのEgはそれぞれ3.3および3.4eVであり、BFOMはSiと比較すると、それぞれ340および870となりますが、SiCやGaN基板の成長条件は厳しく、高価になるため、製造されるパワーデバイスの価格は、Si金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)やSi IGBTよりもはるかに高価になります。一方、第4世代ワイドギャップ酸化物半導体であるGa2O3は、成長に高温・高圧を必要とせず、低コストであり、Egは4.8eVと高く、BFOMはSiCやGaNに比べてそれぞれ4倍、10倍と高いため、パワーデバイスの耐圧を効果的に高めることができます。さらに、Si、GaAs、SiC、GaNよりもオン抵抗が低いため、使用時の消費電力を低減し、変換効率が向上します。このため、Ga2O3はSiCやGaNに代わる次世代高出力部品の半導体材料として期待されており、10年以内にSiCの用途をGa2O3が代替する可能性があるとさえ言われています。
図1. 半導体材料特性の比較 |
Ga2O3には単斜晶(β-Ga2O3)、菱面体晶(α-Ga2O3)、欠陥スピネル(γ-Ga2O3)、立方晶(δ-Ga2O3)、斜方晶(ε-Ga2O3)の5つの結晶相(多形)があります。このうちβ-Ga2O3は化学的、熱的安定性が高く、他の4つの結晶層は高温でβ-Ga2O3に相変化します。β-Ga2O3のバンドギャップは最大4.8eVと高いため、パワーデバイスとしての使用に非常に適しています。 |
図2. Ga2O3の結晶相転移の関係[1] |
β-Ga2O3には上記の多くの利点がありますが、デバイスへの応用には、制御可能な導電率を備えた薄膜が必要です。β-Ga2O3のバンドギャップは4.8 eVと高いにもかかわらず、真正キャリア濃度(Intrinsic carrier concentration)は1.79×10-23cm-3 [2] しかないため、ドープされていないβ-Ga2O3の抵抗は絶縁体と同様に非常に高く、半導体デバイスには不向きです。P型β-Ga2O3は材料の特性上、現時点では製造が非常に困難ですが、N型β-Ga2O3は実現できる可能性があります。理論計算によると、β-Ga2O3内のSi、Ge、Snのドナー順位は伝導帯に非常に近く、その活性化エネルギーはそれぞれ30、30、60meV という浅いドナー順位です[3]。実験により、これらの不純物ドーパントの活性化率が高いことが証明されており、これまでいくつかの研究チームが、分子線エピタキシー(MBE)を用いてβ-Ga2O3基板上にβ-Ga2O3を成長させ、Si[3]、Ge[4]、Sn[5]をドープしています。これらはβ-Ga2O3の電子濃度を高め、シート抵抗を下げることができるため、パワーデバイスの作製に使用できます。。
MBE装置は超高真空を必要とし、成膜速度が遅く、コストが高いため、大量生産には向かず、材料の初期研究や検証にしか適していません。有機金属化学気相成長法(MOCVD)は、収率が高く、結晶品質が良く、コストが低いため、β-Ga2O3の大量生産に適しています。Zixuan Fengと彼のチームは、トリエチルガリウム(TEGa)とO2を供給し、シラン(SiH4)を前駆体(Precursor)として使用して、in-situでSiドープβ-Ga2O3薄膜を作製しました[6]。キャビティ圧力を変えることでSiのドーピング濃度を制御することができ、ホール効果測定により、キャリア濃度は1016cm-3以上に達し、室温でのキャリア移動度(Mobility)は184cm2/V⸱sに達しました。
本研究チームは、β-Ga2O3基板上にβ-Ga2O3薄膜をエピタキシャル成長させることに成功しましたが、β-Ga2O3基板はまだ普及しておらず、依然として単価の高い材料です。それに比べ、β-Ga2O3の格子定数に非常に近いc面サファイア基板は、非常に手頃な価格であり、市場での競争力があります。本研究室ではc面サファイア基板上にMOCVDエピタキシャル成長により高品質のアンドープ(UID)(-2 0 1)β-Ga2O3を成長させることができました。その(-2 0 1)のXRD測定による半値幅(FWHM)は400arcsecと狭く、結晶性の高さを示しています。
図3. (a) β-Ga2O3/サファイア基板のウェハイメージ (b) XRDパターン |
UID β-Ga2O3の導電性を向上させるため、β-Ga2O3膜にSiイオン注入を行い、RTA(Rapid Thermal Annealing)によりSiイオンによって生じたダメージを修復し、Siドーパントを活性化します。イオン注入のドーズ量とエネルギーを変えることでSiの濃度分布を変えることができ、フォトリソグラフィ工程と組み合わせて特定の領域にドープすることもできます。エピタキシー中にドーピングを行う場合と比較して、イオン注入はエピタキシャル膜の電気的特性を変えることができるため、デバイス作製の自由度が増します。
ショットキーバリアダイオード(SBD)は金属と半導体のショットキー接合を利用して整流特性を実現しており、低オン電圧、高オン電流、高スイッチング速度などの特徴を備えており、一般的なパワーデバイスとして使用されます。研究の面では、SBDはI-V、C-V等から半導体のキャリア濃度を求めることができ、また可変温度および大電圧測定によって破壊電界、材料安定性および品質を判断することもできます。そこで本論文では、ドープしたSBDを用いて、サファイア上に成長させたGa2O3ヘテロエピタキシャルによる高出力SBDの実現可能性を評価します。
β-Ga2O3エピタキシャル膜に注入するSiイオンのドーズ量を1x1014, 6x1014および1x1015cm-2の3種類とし、高温RTA処理によりSiドーパントを活性化しました。Siイオン注入では、高エネルギーのSiイオンをβ-Ga2O3表面に衝突させてエピタキシャル膜に注入する必要があるため、試料表面に欠陥が発生しやすいことから、3種類のSiイオン注入試料とUID β-Ga2O3の原子間力顕微鏡(AFM)測定を行いました。その結果を図4に示します。UID β-Ga2O3と比較すると、Si 注入後はGa空孔をSiが埋めて欠陥を減少させるため、Si注入β-Ga2O3の二乗平均平方根(RMS)粗さは減少します。 注入量が増加すると、Si原子は錯体を形成するため、欠陥の蓄積により表面粗さが増加します。
図4. (a) UID β-Ga2O3 SBDのAFM像,Siイオン注入量 (b) 1x1014cm-2 (c) 6x1014cm-2 (d) 1x1015cm-2のAFM像 |
さらに検討を進めるため、3種類のドーズ量(1x1014, 6x1014, 1x1015cm-2)のSiイオン注入β-Ga2O3 SBDを作製し、UID β-Ga2O3 SBDと比較しました。SBDの作製には、アノード電極にはショットキーコンタクトとしてNi/Auを、カソード電極のオーミックコンタクトとしてTi/Au/Ti/Alを用いました。デバイスの断面構造と電極パターンの走査型電子顕微鏡(SEM)観察結果を図5に示します。 |
図5. β-Ga2O3 SBDの断面と表面SEM像 |
β-Ga2O3 SBDの作製後、Keysight B1505Aパワー・デバイス・アナライザを用いてI-V測定を行いました。その結果を図6に示します[8]。Siイオン注入後の順方向電流は、108倍に劇的に増加しました。Siイオン注入量に応じて電流が増加しています。 これは、SiがGaに代わって電子を供給し、キャリア濃度を増加させることで、β-Ga2O3の抵抗が効果的に減少し、デバイスの性能が向上していることを表しています。J-V特性を微分してRon,spを算出した結果を図7に示します。SiをSBDに注入することによりRon,spが劇的に減少することがわかります。式1を用いたJ-V特性のフィッティング解析(Fitting)により、SBDの理想因子(Ideality Factor, η)を算出します。ηの値が1に近いほど部品の特性が理想式に近いことを示します。UID β-Ga2O3 SBDのηは8.05ですが、Siイオン注入SBDは直列抵抗が効果的に低下するため、ηの値は大きく減少します。注入ドーズ量の増加とともにηは1.37から2.08に増加しますが、これはドーパント濃度(ND)が増加し、トンネル効果が発生したためと考えられます。
図6. (a) UID β-Ga2O3 SBDのI-V特性、(b), (c), (d)はそれぞれ1x1014cm-2,6x1014cm-2,1x1015 cm-2のSiイオン注入した場合のI-V特性
図7. UIDおよびSiイオン注入β-Ga2O3 SBDの特性 |
β-Ga2O3 SBDのC-V測定結果を図8に示します。UID β-Ga2O3 SBDは抵抗値が高いため、装置の限界を超えています。半導体デバイスの式(式2~7)を用いて解析すると、Siイオン注入β- Ga2O3の3種類のドーズ量(1x1014、6x1014、1x1015 cm-2)のキャリア濃度はそれぞれ1.08x1017、4.31x1018、および1.07x1019cm-3と計算されます。これは、Si イオン注入技術がβ-Ga2O3のキャリア濃度と導電率を大幅に制御できることを意味します。ショットキー障壁高さ(ϕBn)は式3~7の計算結果を式2に代入して計算できます。3種類のドーズ量(1x1014、6x1014、1x1015 cm-2)のϕBn はそれぞれ0.82、0.54、0.32Vです。注入量が増加すると、金属誘起ギャップ状態(MIGS)によりフェルミレベルピニングがさらに強まり、φBnが減少し、その結果リーク電流が増加します。
図8. (a) UID β-Ga2O3 SBDのC-V特性、(b), (c), (d)はそれぞれ1x1014cm-2,6x1014cm-2,1x1015 cm-2のSiイオン注入した場合のC-V特性 |
高耐圧・高出力部品であるβ-Ga2O3 SBDは、高い逆バイアス電圧に耐える必要があるため、これら4つの部品の絶縁破壊試験を行ったところ、UID β-Ga2O3 SBDの絶縁破壊電圧(Breakdown voltage, VBD)は1030Vと高く、Siイオン注入量の増加に伴いVBDが減少しました。これは、高ドーズ注入後に欠陥が多く発生していることを意味しており、欠陥密度を低減し、SBDのリーク電流を低減し、VBDを改善するためには、注入後のさらなる処理と分析が必要です。
パワーデバイスは大電流で動作させる必要があるため、発熱量が大きく、部品温度が上昇し、部品特性が変化します。そこで、Siイオン注入β-Ga2O3 SBDについて温度可変I-V測定を行ったところ、図9に示すように、部品温度の上昇に伴い順電流が上昇し、オン抵抗が減少することが判りました。 抵抗が減少するのは、温度が上昇すると熱格子振動効果による電子の励起と遷移が起こり、電流が増加するためです。[7]
図9. (a) 1x1014cm-2 (b) 6x1014cm-2 (c) 1x1015cm-2 β-Ga2O3 SBDのSiイオン注入量に対する温度可変I-Vプロット。 |
結論 |
β-Ga2O3のEgは4.8eVと高く、BFOM値はSiの3444倍であるため、パワーデバイスとしての使用に非常に適しています。 このように高いEgのため、アンドープのβ-Ga2O3の抵抗値は非常に高く、半導体デバイスに使用するには高すぎるため、キャリア濃度を高めて抵抗値を下げるには適度なドーピングが必要です。N型β-Ga2O3の電子濃度を高めるためにドナーとしてSi、Ge、Snが主に使われます。我々のチームはMOCVDを用いて高品質で結晶性の高いUID Ga2O3を作製し、Siイオン注入によりドーピング濃度を大幅に調整できるため、パワーデバイスの作製に有利です。 また、Siイオン注入β-Ga2O3を用いたSBDの作製にも成功しており、さまざまな手法を用いてSiイオン注入β-Ga2O3の材料特性とSBDのデバイス特性を調査しました。本論文の一部とデータは、"Electrical performance study of Schottky barrier diodes using ion implanted β-Ga2O3 epilayers grown on sapphire substrates", Materials Today Advanced, 17, 100346, 2023に掲載されています。
Reference:
[1] Xue, H., He, Q., Jian, G., Long, S., Pang, T., & Liu, M. (2018). An overview of the ultrawide bandgap Ga2O3 semiconductor-based Schottky barrier diode for power electronics application. Nanoscale research letters, 13(1), 1-13.
[2] Kotecha, R. M., Zakutayev, A., Metzger, W. K., Paret, P., Moreno, G., Kekelia, B., ... & Graham, S. (2019, October). Electrothermal Modeling and Analysis of Gallium Oxide Power Switching Devices. In International Electronic Packaging Technical Conference and Exhibition (Vol. 59322, p. V001T06A017). American Society of Mechanical Engineers.
[3] Kalarickal, N. K., Xia, Z., McGlone, J., Krishnamoorthy, S., Moore, W., Brenner, M., ... & Rajan, S. (2019). Mechanism of Si doping in plasma assisted MBE growth of β-Ga2O3. Applied Physics Letters, 115(15), 152106.
[4] Ahmadi, E., Koksaldi, O. S., Kaun, S. W., Oshima, Y., Short, D. B., Mishra, U. K., & Speck, J. S. (2017). Ge doping of β-Ga2O3 films grown by plasma-assisted molecular beam epitaxy. Applied Physics Express, 10(4), 041102.
[5] Mauze, A., Zhang, Y., Itoh, T., Ahmadi, E., & Speck, J. S. (2020). Sn doping of (010) β-Ga2O3 films grown by plasma-assisted molecular beam epitaxy. Applied Physics Letters, 117(22), 222102.
[6] Feng, Z., Anhar Uddin Bhuiyan, A. F. M., Karim, M. R., & Zhao, H. (2019). MOCVD homoepitaxy of Si-doped (010) β-Ga2O3 thin films with superior transport properties. Applied Physics Letters, 114(25), 250601.
[7] He, Q., Mu, W., Dong, H., Long, S., Jia, Z., Lv, H., ... & Liu, M. (2017). Schottky barrier diode based on β-Ga2O3 (100) single crystal substrate and its temperature-dependent electrical characteristics. Applied Physics Letters, 110(9), 093503.
[8] Apoorva Sood, Dong-Sing Wuu, Fu-Gow Tarntair, Ngo Thien Sao, Tian-Li Wu, Niall Tumilty, Hao-Chung Kuo, Singh Jitendra Pratap, Ray-Hua Horng, (2023)“Electrical performance study of Schottky barrier diodes using ion implanted b-Ga2O3 epilayers grown on sapphire substrates”, Materials Today Advanced, 17, 100346.